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大阪高等裁判所 昭和26年(う)3352号 判決

控訴人 被告人 金在寿

弁護人 加藤龍雄

検察官 小保方佐市関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、本判決書末尾添附弁護人加藤龍雄作成の控訴趣意書と題する書面記載のとおりである。

控訴趣意第一、四点について。

刑法第九十五条にいわゆる暴行とは、職務を執行する公務員に対し直接又は間接に不法の実力を行使することを言うのである。従つて暴行が直接公務員の身体に対して加えられる場合に限らず、右の暴行が直接には物に対して行われる場合においてもその結果として公務員に対して加えられるものと認め得られるときは、ひとしく同条にいわゆる暴行と言うを妨げない。原判示事実は論旨摘録のとおりであつて、要するに、被告人は湯浅税務署関税課長収税官吏新口一文及び同課勤務収税官吏西野弘同保子勇等が酒税法違反被疑事件について裁判官の為した令状により捜索の結果被告人方裏物置から一升びん入焼酎四本、一斗つぼ入焼酎一個ほか空つぼ四個等を発見密造酒及び密造用のものと認めこれを差し押えて三輪自動車に積載するや、右の自動車に強いて乗りこみ(援用の証拠によると被告人は収税官吏が止めるのを無理やりに上つたもの)差押物件中の焼酎入一升びん一本を取つてこれを車内に投げつけて破碎流失させ、その場でこれを目撃した前記税務署員西野弘及び保子勇ほか一名が制止しようとして被告人の身体を取り押えるや、他の焼酎入一升びん三本を足蹴にしてこれを破碎流失させた、というのであるから、判文上、右の暴行は公務員たる税務署員の身体に対し直接に加えられたものとは言い難いけれども、被告人が、税務署員の捜索差押の現場において、同署員等の制止を排除し、密造酒入りのびんその他の押収物を積載した三輪自動車に乗りこみ現に同署員等の所持内にある押収物を奪取して車内に投げつけ又は足でけつて破碎流失させた点において、被告人の行為は職務執行中の公務員に対し間接に暴行を加えたものと言い得るから、公務執行妨害罪における暴行の判示として欠くるところはない。原判決には所論のような理由不備の違法はないから論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は、器物毀棄の点について、刑法第二百六十二条、第二百六十一条を適用処断しながら、毀棄の目的の物については単に「被告人方裏物置から一升瓶入焼酎四本、一斗壺入焼酎一個外空壺四個等を発見し密造酒及び密造用のものと認め云々」又は「被告人方より差押えて積載されていた物件中云々」と記載してあるに過ぎないから、右毀棄の目的物が被告人の所有物であるかどうかという点に関する事実摘示としては明確を欠くと言わなければならない。しかし、原判示の挙示する証拠によつて認め得られる。差押の際における税務署員と被告人との間の問答内容、押収の場所被告人及びその妻が押収物を破砕した事実等から考えて、右の物件は被告人の所有物であつて差押を受けたものであると認定し得るところであつて、原判示事実と右の証拠及び擬律とを対照し原判決もひつきよう前記の趣旨を判示したものと解し得られないこともない。のみならず、刑法第二百六十二条にいわゆる「前三条ノ例ニ依ル」とある趣旨は、自己の所有物といえども差押を受け物権を負担し又は賃貸したものは、毀棄罪の関係においては、他人の物と同一視し、その目的物の性質によつて、同法第二百五十九条ないし第二百六十一条の罪として各該当法条によつて処罰するというにあるから、権利業務に関する文書、建造物及び艦船以外の物で差押を受けたものを損壊した場合には、それが他人の所有物であつてもまた自己の所有物であつても、ひとしく同法第二百六十一条の罪が成立する(差押権者はいずれの場合においても被害者として告訴権を有する、なお大審院昭和十四年二月七日判決、判例集第十八巻二〇頁以下参照)から、他人が差し押えた物件を損壊した旨の判示があれば、たとえ判文上その物件の所有者が他人であるか自己であるかの区別を明確に判示していないと解すべきであつても、処断法条の適用上何らの影響を生ぜず、従つて判決に理由を附さない違法があることにはならない。論旨は結局理由がない。

同第三点について。

法定刑が懲役と禁錮との選択刑である場合において、判文に懲役刑を選択する旨明示しなくても、判決主文において懲役刑を科しておる以上、懲役刑を選択したことはおのづから明らかであるから、原判決の理由にくいちがいがあるとは言えない。論旨は理由がない。

同第四点について。

しかし、控訴趣意第一点について述べたように被告人の行為は公務員に対して間接に加えられた不法の実力行使であつて、刑法第九十五条にいわゆる暴行と解するに妨げないものであるから、原判決には法令の適用を誤つた違法はない。論旨は理由がない。

同第五点について。

本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、本件犯行の動機、態様その他諸般の事情を考慮すると、原審の量刑は不当とは言えないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

弁護人加藤龍雄の控訴趣意

控訴理由第一点 原判決は判決に理由を附さない違法がある。

原判決は「被告人が昭和二十六年六月十九日夕刻和歌山県箕島町大字野百八番地の居宅に湯浅税務署関税課長大蔵事務官新口一文及同課員西野弘保子勇等(何れも収税官吏)が酒税法違反被告事件について裁判官の発した令状により捜索差押の為に来て右家屋内外を捜索の結果被告人方裏物置から一升瓶入焼酎四本一斗壺入焼酎一個外空壺四個を発見し密造酒及密造用のものと認めこれを差押えて三輪自働車に積載するやこれを憤り同日午後五時三十分頃前示自宅表道路において停車していた右税務署用三輪自働車へ強いて乗込み被告人方より差押えて積載されていた物件中の焼酎入一升瓶一本を取りこれを車内に投げ付けて破碎流失させその場でこれを目撃した前示税務署員西野弘及保子勇外一名が制止しようとしてその身体を取押えるや他の焼酎入一升瓶三本を足蹴にしてこれを破碎流失させ以て差押を受けた物を損壊すると共に公務員である西野弘等収税官吏の職務を執行するに当りこれに対して暴行を加えた」との事実を認定し、刑法第二百六十二条、第二百六十一条、第九十五条第一項、第五十四条第一項等を適用して処断した処が刑法第九十五条第一項の公務執行妨害罪の所謂暴行は不法の攻撃か直接間接を問わないにもせよ公務員の身体に対し加えられることを要するものである(大正三年三月二十三日大審院判決新聞九三五号二七頁評論三卷刑法二七頁参照)従つて本件の場合公務執行妨害罪に該当する事実を判示するに当つては被告人が収税官吏に対して不法の攻撃を加えた事実を判示しなければならない。原判決の様に収税官吏の制止を聞かず物件を損壊した事実だけを判示しただけでは、果して被告人が収税官吏の身体に対し暴行を加えたとの事実があつたものとしたのか否か明白でない。果して然らば原判決は犯罪の構成要件である事実の判示を遺漏しているもので、判決に理由を附さない違法があるに帰し破毀を免れない。

控訴理由第二点 原判決は判決に理由を附さない違法がある。

原判決は控訴理由第一点冒頭掲記の事実を認定し刑法第二百六十二条の器物毀棄罪に問擬した。処が同法第二百六十二条の器物毀棄罪は差押を受けた自己の物に対する損壊罪を処罰する規定であるから同罪を判示するに当つては損壊した物件が被告人の所有であることを判示しなければならない。然るに原判示は該物件が誰の所有であるかを全然判示しておらない。被告人の原審第二回公判廷に於ける供述及び司法警察員並に検察官に対する供述(本書末尾編綴の略式命令参照)によれば収税官吏に差押を受けた物のうち空壺二個は被告人の物であるか密造酒並に其の他の一斗壺及び一升瓶は総て姉婿阪本栄浩が無断で被告人方物置に置いていたものであつたことが明かにされているから、事実問題としても原判決判示の損壊物件が被告人の所有であるとは即断出来ないところである。孰れにしても刑法第二百六十二条の罪を判示するに当り損壊物件の所有者が誰れであるかを判示しておらぬ原判決は犯罪の構成要件事実の判示を遺漏しているもので判決に理由を附さない違法があるに帰し破棄を免れない。

控訴理由第三点 原判決は理由にくいちがいがある。

原判決は控訴理由第一点冒頭掲記の事実を認定し擬律するに当つての被告人の器物毀棄の所為は刑法第二百六十二条第二百六十一条(中略)公務執行妨害の所為は刑法第九十五条第一項に当るところ以上の所為は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合だから刑法第五十四条第一項前段第十条により犯情が最も重いと認める西野弘に対する公務執行妨害罪の刑に従い其の所定刑範囲内で量定すると判示した。処が処断刑である公務執行妨害罪(刑法第九十五条第一項)は其の法定刑として三年以下の懲役又は禁錮に処すと規定されているのであるから擬律をするに当つては懲役か禁錮か何れを選択するかを特定しなければ刑の量定が出て来ない。然るに原判決は前述の如く何れの刑を選択したかを判示しておらず選択をせずして主文の懲役四月に処しているのであるから判決の理由にくいちがいがあるに帰し破棄を免れない。

控訴理由第四点 原判決は法令の適用を誤つた違法がある。

原判決は控訴理由第一点冒頭掲記の如き事実摘示を為した上刑法第九十五条第一項を適用して処断した。然しながら同理由第一点でも述べた如く同法の公務執行妨害罪が成立するためには公務員の身体に対して暴行が加えられることを要するのである。処が原審第二回公判廷に於ける西野弘の証言及同第三回公判廷に於ける中実の証言によれば被告人が税務署員に対して手向をしたようなことはなかつたことが明かにされているので、原判決が認定しているところの被告人の焼酎入一升瓶一本を車内に投げ付けて破碎流失させたり税務署員西野弘及保子勇外一名が制止しようとして被告人の身体を取押えるや他の焼酎入一升瓶三本を足蹴にして破碎流失させたのは税務署員の身体に対して不法の攻撃を加えたのではなく当該物件其の物に対する暴行であつたものとしなければならない。被告人は一人であり税務署員は数名であり且つ被告人は温和な人物であるから其の勢力関係から言つても税務署員は其の身体に対して何等の危害を感ずることはなく被告人の攻撃が税務署員に向けられるような状勢では全然なかつたのである。寧ろ被告人こそ税務署員に身体を取押えられ其の攻撃を受けた次第である。なる程被告人の行為により物件の差押が十全の効果を得なかつた結果となつたことは事実であるが原判決はこの点に主眼を置き公務の執行である差押を妨害したとなし公務執行妨害罪という罪名の表現方法に偽惑されて刑法第九十五条第一項が公務員の身体に対する暴行(直接間接)のあつたことを要件としていることを忘却誤解し、易々として同条を適用処断しているのである果して然らば原判決は刑法第九十五条第一項の法意の解釈適用を誤つたに帰し其の違法は無罪であるべきものを有罪としたもので判決に影響を及ぼすこと明かで破毀されなければならない。

控訴理由第五点 原判決は刑の量定が不当である。

原判決は控訴理由第一点冒頭掲記の事実を認定し被告人を懲役四月の実刑に処した。然しながら(一)被告人は前科も起訴猶予処分も受けたことがない。 (二)本件は酒税法違反事件とは全然別個独立した事件であつて量刑上これを混合斟酌すべきものではない。酒税法違反事件については本書末尾編綴の略式命令の通り被告人が密造したのではなく阪本栄浩事君栄浩が製造したものである。(三)(動機)被告人のように朝鮮人は醤油や米麦を入れる為に誰れの家でも一斗壺を持つているか焼酎の密造は前記の如く阪本栄浩の行為であつて同人が被告人に黙つて被告人方物置に密造酒を入れていたもので丁度被告人の空壺も前からその物置に置いていたのであるが税務署員が密造とは何の関係もない被告人の空壺まで押収しようとするので、其れは自分のものだから返して呉れと税務署員にお願いしたところ聞き入れられなかつたので被告人としては事件に関係のない物までも押収することは解せぬことであり無学で法律常識のない被告人は狭量にして無分別なところから憤つて自分の壺だけを破砕しようとしたものである。ところが自分の壺を蹴ろうとしたところこれに接近していた倒れ易い一升瓶三本が倒れて割れたものである尚被告人は一升瓶を投げ付けて割つた事実はないと原審公判廷で供述している。

(四)本件は官公署に対して被害を加えていない。

(1)  公務執行妨害罪は本来公務員の身体に対する暴行により公務員が安んじて職務を執行出来ないことがあつては困るので、其の様なことのない様保護しようとするのが主たる法益である。処が被告人は三輪自動車の上に乗車するに付いて穿いていたズツク靴を脱いで恐る恐る上つている程で勿論税務署員に対して暴行する様な意思は毛頭なく其の様な行為もなかつたのであるから前記法益は毫末も侵害されていない。 (3) 差押物件の毀棄の点であるがこれとても押収焼酎多量の中の一部を流失させただけで証拠湮滅の結果は生じていない。(五)本件は思想的背景も計画性も悪どさも何もない単純な素朴性のある事件である。(六)被告人は十数年間同一場所に定住し農業手伝に従事しているので近隣者の信用もある又附近も朝鮮人は一二しか居住しておらず所謂密造部落ではない。(尤も(二)参照)(七)被告人が朝鮮人であると云うことだけで重く処罰されると云うことが仮りにもあつてはならぬことは勿論であるが被告人は永年同一場所に定住していて温和な人物であり日本人と区別するところは毫もない。(八)被告人は四人の子の父親である。

以上の諸事情其の他の状情を綜合斟酌するときは被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である。然るに原判決がこれに実刑を科したのは刑の量定が不当であつて破棄されなければならない。

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